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うれしいとうれしい(2)

ふららは、家電好きなのでお店に入ると目がキラキラしてしまう。

ここは、やっぱりネズミーランドと一緒(笑)

家電屋に入ると、欲しいものが増えてしまうので

近寄らないようにしていたのだ。

ピヨよりも、ふららの方が家電は強いので店員さんに

色々な質問をして、より良い商品を選択。

今回は、PCだけではなく、複合プリンタとそういえば

デジカメも欲しがっていたことを思い出しこの3点を購入することに。


ママには、形状や色の好みだけを見てもらった。

(ふららは、ピヨママのことを「ママ」と呼んでいる)

ママは、ノートPCで音楽CDが聴けるということだけで大興奮

ママ:「世の中すごいことになってるねぇ」

他に色々できることを教えてあげたいが、色々教えてあげると

頭の中がパニックになるのでこれぐらいで。

デジカメも大喜び、撮影したものが画面に映ってうれしいそう。

ピヨとふららが被写体になって、仲良しショットを

何枚も店内でママに撮影されてしまった。

昨日まで、フィルムのカメラしか使ってなかったから、

すべてのデジタル機器に驚いてるママがふららには

新鮮でそれが、またかわいかった。

店員さんとも、無事交渉して良い商品がお安く購入することができた。

デジカメやプリンタって、機能が向上してるのに

今は、本当に安いね。

ふららも欲しくなっちゃったよ。

時間がないので、車の中でママに

デジカメの使い方の講習。

電源、シャッターボタン、撮影した確認画面、充電方法など。

最低限の機能だけを伝える。

デジタル機器が苦手な人にとっては、これだけ覚えるのも

ギリギリなのだ。

家に到着すると、ママはデジカメを持って

大好きなネコの撮影。

コタツに潜って、撮影した写真を見せてくれた。

とても、上手に撮影できていた。

ナイスデジカメ!!

ふららは、家に戻ると、業者の人のように働く。

ダンボールから、複合機とノートパソコンを取り出す。

インクをセットしたり、PCの初期設定やインストールを行う。

1時間ほどで設定は無事に終了。

待機中は、ケーキを食べてご満悦なふらら。

Windows7の起動、シャットダウンの早さに感激。

ふららもPC欲しい・・・。


次は、ワードの使い方をママにレッスン。

ママは、パソコンを持っていないのにローマ字打ち。

1本指打ちもでき、変換の方法もわかる。

さすがピヨママ、頭が良い。

パソコンというものを全く理解していないので、

新規保存、上書き保存、名前をつけて保存の意味が

難しかったみたい。

ママ:「入力したら、印刷するので大丈夫」って・・・

保存しないとPCの意味がぁーーー(笑)

ふららは、色々教えてあげたかったが、

これ以上教えてあげるとママの脳がショートしてしまうので

45分ほどのワード教室で終了。

ママにとっては、マウスを使うことも大変なこと。

印刷したり、保存したりと大変な作業。

ママは、なんとなく理解できたのでとりあえず大満足。

ふららが、ママにレッスンしているとき

ピヨは横で、ママのためにわかりやすくメモ。

メモがあるので、ママはきっと保存もできるはず。

夕食時になったので終了。

ふららとピヨは東京へ車で帰宅。

ピヨママがずっと欲しがっていたものを買い揃えて

ピヨも気になっていたことが終わってスッキリ。

夕食を食べて、テレビを見ながらふららはピヨの横で

ゴロゴロしている時間がとても好き。

いつものように、ゴロゴロしているとふららは

いつものように寝てしまった。

1時間ほど寝て目を覚ますとピヨが話しかけてきた。

「ふらら、ニコニコしながら寝てたよ」

「すごく、幸せそうな顔した寝顔だったよ」


そう、この日はとっても良いことをしたので満足感で

いっぱいだったのだ。

だから、心から幸せな気持ちになったんだ。

だから、ニコニコして寝てたんだと思う。





ママがうれしいと彼女もうれしい

彼女がうれしいと、私はもっとうれしい。



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うれしいとうれしい(1)

最近、ずっと週末の天気が良くないよね。

お出かけ好きなふららとしてはつまらない。

土曜日ピヨは、友達と予定があったりしていたので

ふららは、お出かけ中にピヨ宅をピカピカに磨いて

喜んでもらおうと頑張ったりしてみた。

「ありがとう」と言ってもらうだけだけで大満足。

土曜日も日曜日も天気が良くない。

雨ばっかり。


日曜日の朝、急にヒラメイタ

ピヨママがパソコンが欲しいと言っていたことを思い出した。

ピヨママは、PCのことは全くわからない。

一度、近所の簡単なワード教室に通っていたぐらい。

活動的なピヨママは、自分でパンフレットのようなものを

自分で作りたいということを言っていた。

ピヨは、面倒くさがりやなので、

「一緒に買いに行くのはまぁそのうちにね。」

なんて、感じになっていた。

PC購入したら、色々設定もしなくちゃいけないし、

ワードの使い方も教えてなくてはいけないので大変である。

ピヨは、PCに興味もないし、くわしくもない。

ふららは、ピヨママがPCを購入して、パンフレットを作りたいと

いうことを聞いていたので、ずっと気になっていた。

高齢なピヨママが新しいことにチャレンジする気持ちはとても

すばらしいことなので、是非お手伝いしたいなと思っていた。

ゴルフの練習のあと、とくに何の予定もないのでPC購入でもと

ピヨに声をかけてみた。

ピヨは、あまり乗る気ではなかったが、ピヨもPCの件は気にはなっていた。

ピヨママに電話すると、「買いに行きたい」とうれしそうな返事が。

と、いうことでピヨの実家に車で向かった。

昼に到着したので、3人でレストランへ腹ごしらえ。

車の中で、話の途中で歌の話しが出てきた。

なぜか、3人で「南の島のハメハメハ大王」の歌を大きな声で歌っていた。

とても楽しい車内。

(ふらら、今まで「カメハメハ」って歌ってた
今、間違えに気づく・・・・

ランチ中もずっと、楽しくおしゃべり。

おしゃべりしすぎて、今日の目的を忘れそうだった。

ピヨママにまたまたご馳走になってしまった。

ごちそうさまっ



長くなったので、次回へ続く

ぴよまま

ふららは、ピヨのママとメル友でもある。

ピヨママには、ふららは、

ピヨのお友達(昔の職場の後輩)となっている。

ピヨママはメールは通常していないので

メールをつかいこなせない。

漢字変換ができずに全部 ひらがな だったりする(笑)

タイトルに用件を全て入れて文章が途切れ

本文に何も入力しないで送信してきてくれる。

かわいい、ピヨママ。

ピヨママとは、年に1,2回くらい会うかな。

全く会わない年もある。

ピヨの実家は電車で1時間半くらいの場所。

ふららは、ピヨママが好きである。

だから、たまに会いたくなる。

ピヨの車のミラーの調子が悪くなりピヨの実家の近くの

修理工場に予約していた。

ピヨは、実家に行くのでふららはお留守番となっていたが、

ふららは、ピヨママに会いたいので一緒に行くこととなった。

やったね。

ピヨの実家に行って、パパに挨拶すると

恥ずかしがりやのパパはどこかの部屋に隠れてしまった。

ピヨの実家の複合機(電話&fax&コピー&プリンター)の

調子が悪くなっていたことは数週間前にきいていた。

家電好きなふららは、ピヨよりは詳しい。

ママがモノクロコピーをしたいのにできないのだ。

カラー(黄色、水色)のインクがなくなっている表示が出ていたが

カラーインクは半分以上残っている。

ピヨがメーカーのサービスセンターに電話して

印刷できない理由がわかった。

白黒印刷しかしなくても、カラーのインクがなくなると印刷できない。

そして、カラーのインクがたくさん残っていても1年過ぎると

カラーインクはダメになるというのだ。

機器を安く販売して、消耗品で元をとろうというように

感じられるちょっと、頭のくる複合機。

インクって全色買い換えると5000円くらいして高いんだよね。

それから、ピヨとピヨママとふららの三人で車で

車の修理工場に近いファミレスへ行った。

ピヨが車を修理工場に行っているあいだ2人で世間話をしていた。

ふららは、ピヨママのことは「ママ」とよんでいる。

あるいは、名前にチャンをつけたりして年上のお友達感覚である。

ピヨもすぐに戻ってきたので3人でピヨママの

趣味のお話しなんかを聞いたり、「これ、おいしいよぉ」なんて

いいながら食べ物をつつきあって、楽しい時間をすごした。

ピヨママにご馳走になっちゃった。

ランチを食べ終わった頃、車のミラー修理も終わり

みんなで修理工場にいって、元気になった車を喜んだ。

そして、大型電気屋さんに行って複合機のインクを購入。

ピヨの実家にもどり、複合機のインクの交換した。

ピヨママは、趣味でコーラスをしている。

その楽譜をコピーしたかったのだ。

無事にコピーができてママはとても喜んでいた。

今回、ふららはあまり役に立たなかったのだが、

「ふららちゃんは、機械にくわしいからすごいねぇ」

なんて言われてとても鼻が高い。エッヘンである。

ピヨママは、楽譜を見れば知らない歌でもピアノが弾ける。

ふららは、音楽は聴くのは好きだが楽器は全くダメだ。

だから、そんなピヨママをとてもかっこよく思う。

ピヨにお願いして、小さな電子ピアノを2階から

持ってきてもらいリビングでピヨママに弾いてもらった。

ピヨママの演奏で、鼻唄まじりに一緒に歌って

なんともいえない楽しい時間を過ごした。

ピヨがコーヒーをドリップしてくれた。

とてもよい香りが部屋に広がっていた。

ピヨ、ありがとう。

ゴクリと高級なコーヒーを一口飲んだ。

高級すぎて、ふららの知っているコーヒーと違う。

高級すぎてすっぱい???

ふららの頭の中は???????



もしかして


も  し  か  し  て








 し お



しょっぱーーーーーい (笑)

みんなで、大笑い。

ふららは、おこちゃまなので

ピヨは、ふらら用にたっぷりにお砂糖(塩)を

入れてくれたのだ。

新たにコーヒーを入れてもらった。

ピヨママから、お土産のりんごを頂いて

車で東京まで帰った。

みんなは、彼女の家族と会ったりしてるのかな?

友達のような感覚なのかな?

もっと、キビシイ感じなのかな?

緊張したりするのかな?

どうなんだろう。


きみかさん(1)

ふららは、学生まで母親のことを

「おかあさん」と呼んでいた。

一人暮らしをはじめた20歳頃から

おかあさん→きみかさん

と名前で呼ぶようになった。

理由はわからないが、たぶんふららが

おもしろがってそう呼ぶようになったからだと思う。

今では、弟君もそう呼んでいる。

きみかさんは、

女 男 男 女 きみかさん 男 

6人兄弟の5番目に生まれた三女である。

みんな、2歳違い。

きみかさんより、兄弟は早く結婚しているが子供が

なかなか授からなかったため

ふららが、この家族の中で一番最初に生まれた。

だから、ふららはきみかさんの家族にはとても

かわいがってもらっていた。

幼い頃から、きみかさんの実家で1人で宿泊して

未婚のおねえさん二人には、自分の子供のように

世話をしてくれて、一緒にお出かけしていた。

子供のいないお兄ちゃんの家では、ふららをつれて

友達の海水浴の旅行にも一緒に行っていた。

ふらら、みんなの子供役になっていた。

ふららは、幼い頃から人見知りなので

別に愛想はよくない。

愛想は良くないが、泣いたりワガママをいわないで

静かにぼけーっといるので、扱いやすかったんじゃないかな。

ふららの弟は、小さいころは(もう一度ちいさい頃だけは「顔は男前」で)

とってもかわいくって、誰からも好かれた坊ちゃん。

街で歩いていたり、電車に乗っているとみんな声をかけられていた。

でも、弟は夜になると「おかぁーさんと泣いてしまう」

そして、すぐにどこかに走ってしまい迷子になってしまうので

弟は、お母さんとお留守番だった。



ふらら、きみかさんの実家が今でも大好きなんだ。

おとうと(11)

ふららも弟も付き合っている相手を親に紹介したことは、

今まで一度もなかった。

親の心配がすることが増えそうだったからね。

だから、弟が親に紹介しない気持ちはちょとはわかる。

ふららは、関西の家族と離れた東京で住んでいるので

年に2回くらい帰るだけ。

帰ったときは、休みがあれば5日間ぐらいのんびりしてるかな。

ママが弟と彼女のことが気になっていることを

実家に帰省したときに知ったふらら。

ふららとママと弟と3人でお出かけしていた。

出先から弟が彼女の家に届け物をして泊まるという。

ふらら:「じゃあ、車で送ってあげるときに、彼女と会わせてよ。

     彼女の部屋には上がらないからさぁ」

弟  :「いいよ。電話してみる。」

ふららとママと弟と一緒に彼女の家の近くに行った。

そしたら、やさしそうな彼女がひょっこりあらわれた。

ふららとママは、挨拶をして、少しお話しをした。

人当たりのよさそうな彼女だった。

ママは、ちょっと緊張していたかな。(笑)

ふららも少し おしゃべりした。

ママは、彼女の顔を見てほっとしたようだ。

その後から、弟がニコニコしながら彼女の家に

でかけて行く姿を微笑ましく思ってたみたい。

彼女の家に出かけるときは、1人暮らしで大変でしょう

ということで、いつも食べ物を弟の持たせてたかな。


弟は、旅行先で出会った運命の彼女と結婚した。

そして、子供を二人授かった。


彼女は、弟のことをとてもやさしいという。


ふっふっふ、これは、ふららが姉でワガママだったので、

弟は自然にやさしくなってしまったのだ。

弟くん、ふららに感謝しなさい。

ふららのおかげで、やさしい人になれ、そしてワーホリで

運命の彼女に会えたんだよ。


なんちゃって。

ふららの弟たちは、とても幸せに暮らしている。

そんな姿をとてもうれしく思う。

これからも、幸せにね。

おとうと(10)

続きがなかなか書けなかったよ。
ごめんね。
↓振り返って読んでみてね。
おとうと(1)~(9)



弟は、日本に帰ると言っていたのに、

カナダの寒い冬の都会で延長して長期滞在していたようだ。

そんな場所で、滞在していたのはちょっと不思議だった。

ワーホリの期限があるので、無事に実家に戻ってきた。

しばらくしてわかったのだが、弟は恋愛をしていたのだ。

だから、帰りたくなかったんだね(笑)

ずっと、旅をして遊んでいたが、弟も就職をしなくてはならない

年になっていた。

就職活動をしていたが、なかなか決まらなかった。

弟は関西の実家、カナダで出合った彼女は、車で5時間離れた場所。

日本に帰ってきて、遠距離恋愛になってしまった。

この時のママのぼやき・・・

「もう、電話代がすごいのよ。」

弟は、母親に彼女を合わせていなかったのでママは、

相手が見えないので、モヤモヤとしていたようだ。

夜になると、いつも弟が浮かれて彼女と電話している

その声にイラッとしていた(笑)


弟の彼女はしばらくしたら、関西で一人暮らしを始めた。

弟もやっとと就職できた。

弟は、相変わらず母親に彼女を合わせようとしなかった。

弟はワーホリから帰ってきてから、たくさん友達が

実家に遊びにきていた。

そのなかに、彼女も遊びにきてたのだ。

だいぶ過ぎてから 弟に、あの時に来た女の子が彼女だよと

教えては、もらっていた。

でもたくさん友達が遊びに来ていたので、彼女の印象は

ママには残っていなかった。




おとうと(9)

弟に色々と連れて行ってもらい、

ふららとママは、とても楽しい旅ができて

大満足。そして、日本へ帰った。

弟は、また違う土地へリュックを持って旅へ出た。

途中アルバイトの住み込みをしていたと行っていた。

農場のオーナーが旅行に行くのでその間

農場の管理を依頼されたようだ。

1人で、動物の世話を数週間したんだって。

しかも、おじいちゃんの食事の世話もして、

ご飯も作ってたみたい。

何でもやってるねぇ。(笑)

その後も色々あったと思うのが知らないなぁ

今度聞いてみよう。

旅の途中、アラスカの方面へ行って、

ホッキョクグマとオーロラを見たんだって。

ふららもオーロラみたいなぁ。


広いカナダをだいたい1周巡り、母親にはそろそろ

日本へ帰るというような連絡が入ってたようだ。

それなのに、急に、やっぱりカナダにもう少し滞在すると

言いはじめた。

カナダの都会に滞在を始めたので

母親は不思議だなぁと思っていたようだ。

ここでの出会いが・・・・・

おとうと(8)

弟は、1年間オーストラリアのワーホリから帰ってきて

とりあえず、バイトをはじめていた。

今後、どうするのかなぁと思っていたら、もう一カ国

ワーホリに行くと決めていたようだ。

今回は、全て自分のバイトでお金を稼いでからの海外生活。

次の国は、カナダ。

もっと、遊んだほうが良いと思ったので、ふららもママも賛成。

お金を貯めて、弟は再び旅立った。


カナダは、ふららと母親で、約1年前に一緒にカナダに行っていた。

二人とも自然が大好きなので、また行きたいねと思っていた。

このときは、ツアーに入って旅をした。

弟がカナダを旅して、半年した頃 ふららとママは、

一緒にカナダに訪れた。

弟に車で空港に迎えにきてもらい、1週間 

自然がいっぱいのカナディアンロッキーのふもとを

(ジャスパー国立公園、ウォータートン・レイク国立公園など)

色々連れて行ってもらい過ごした。

宿泊先は、弟が手配してくれた。

B & B 「bed and breakfast」(朝食つき宿泊施設)

大きな個人の家に宿泊施設がついている感じ。

部屋は、広くきれいで、しかも安い。

ふららが気に入ったのは、その家の奥さんが台所で

簡単な朝食を作ってくれて、とてもアットホーム。

ホテルとは違う、人とのふれあいが心地よかった。

カナダの湖は、本当にきれい。

氷河の溶けた鉱物が太陽光線により、

ピカピカと輝く。

真っ青というか水色というか

ターコイズ色? 

バスクリン(笑)

表現方法がわからない。

前回の旅行よりも天気が良くてきれいだった。

そういえば、父親が亡くなってから家族3人で

旅にでかけたのは、はじめてだったかも。

日帰りでは、ふららが実家に帰ったときに

プチ旅に3人で出かけることはあったけど。

弟は、色々な場所に連れて行ってくれた。

トレッキングしたり、湖で仲良く3人でボートを

漕いだり、川や滝を見て氷河の上に立ち。

そして、動物にもたくさんであった。

3人旅行は、これが最初で最後となった。

とても良い思い出として、ふららの心の中の

アルバムにあるんだ。

おとうと(7)

弟は、オーストラリアを旅して、

帰りの途中に、バリ島を寄り道して

実家に帰ってきた。

旅の途中では、大金の盗難にあったりもしたようだ。

もちろん、ホームシックにになっただろうし、

日本食も食べたかっただろう。

無事に帰ってきてくれて本当によかった。

男の子でも、大切な弟だから心配だったからね。

弟は、真っ黒になりたくまくなっていた。

貧乏旅行なので、自分で料理も作るし、

色々な国の人達との共同生活。

ふららが、うれしかったことは、弟が昔のように

たくさんの友達に囲まれていたこと。

そして、表情が明るかったこと。

ワーホリで仲良くなった友達が

実家にたくさん訪れていてたと、母親から聞いていた。

ワーホリは、弟にとってとてもよい経験になった。

よかったね。

おとうと(6)

弟は、学校を退学して、東京の1人暮らしの家を処分し

実家の関西へ戻った。

実家にもどっても、何をして良いかきっとわからなかったはず。

数ヶ月過ぎたが、やりたいことが見つからなかったようだ。

弟はワーホリに、興味を持ち始めた。

ふららは、提案しただけなので、自分で調べなければならない。

ビサの申請や色々と面倒な手続きをしなければならない。

行こうと、手続きをしたのだがビザの申請が通らなかった。

1年間にビザを発給される人数に制限があるので

間に合わなかった。

その間、弟は費用を稼ぐためにバイトをしてたような気がする。

数ヵ月後、ビザの申請が通り、弟はオーストラリアへ旅立った。

母親は、「いっぱい色々な経験をしておいで・・・」

と気持ちよく送り出した。

たぶん、3ヶ月くらいは、学校に通い、ホームステイをしてたのかな。

その後、パースという場所に滞在して、

ダイビングして50~100本くらい潜って上の資格を持ってたような・・・・

その後、オーストラリア1周を大きなリュック一つで旅をした。

途中でお金が足りなくなったら、最初は母親に送金してもらって

いたみたいでけど、途中でまわりの友達は頑張っているというのを

肌で感じたようで、旅の途中でアルバイトをしながら生活していた。

ある場所に、アルバイトで数ヶ月滞在して乗馬を覚えた。

乗馬でお客を案内してトレッキングしてたと言ってた。

(弟君、楽しそうやねぇ♪)

おとうと(5)

ワーキングホリデーを知らない人もいると思うので


「特に青少年に対し、他国で働きながら休暇を楽しむのを認める制度。通常、観光ビザでの労働は許されないが、青少年が他国の理解を深めることを目的として特別に許可するもの。英連邦諸国の間で始まった制度だが、日本でも取り入れられ、2004年現在オーストラリア・ニュージーランド・カナダ・韓国・フランス・イギリス・ドイツとの間で実施されている。ワーホリ。」



ふららも、ワーホリに行こうかなと思っていたときがあった。

本も3冊購入して、説明会にも行った。

当時、会社の同期の女の子が、ワーホリに興味を持ち始めた。

ふららは、なんとなく知っていた。

彼女は、とても東京に憧れて、東京のOLになり、東京で1人暮らし。

会社を選んだのも、かっこいい場所というだけで選んだらしい(笑)

彼女は、都会っ子に憧れ、背伸びをして生活していた。

ふららには、無理してるように見えた。

彼女は、「オーストラリアにワーホリに行こうか悩んでる」と

相談してきた。

彼女は、海外旅行にも行ったこともなかった。

ふららは、「○○ちゃんなら大丈夫だよ、向いてると思うよ」と
 
応援した。

後から、聞いたのだが ふららちゃんが応援したから

気持ちに整理ができてオーストラリアに行ったんだと言ってた。

人生を変えるようなアドバイスをしてしまった(笑)

彼女は、海外で1年間生活して、伸び伸びしていた。

その姿を見て、良かったなと思った。

本人も行って良かったと言ってた。

ふららも70%くらいの気持ちで、行くつもりでいた。

ふらら、英語がびっくりするくらい苦手なので、この部分が問題。

でも追い込まれたら、少しは勉強するのでなんとかなるかなと思った。

もう一つは、ふららがこれ以上自由人になると、

一般的な社会生活にもどれないことが一番こわかった。

ふらら、自由人だから、これ以上 野生的になってしまっては、

取り返しがつかないような気がしたからだ。(笑)

他の人は、大丈夫なんだけどね。

ピヨとも出会っていたしね。

海外にいってしまったら、帰る場所は実家の関西。

東京には、帰る可能性は低かったからね。

結局、ふららは観光客として海外に行く道を選んで、

ワーホリには行かなかったんだ。

ワーホリに行かなかったことは、後悔していない。

ふららの場合は、行かなくて正解だったと思う。


おとうと(4)

ふららの弟は、大学に行っていたのだが2年目ぐらいのときに

学校を辞めたいと言い出した。

母親が東京に遊びに来た時に3人で一緒に食事した時に

ふららは、はじめて聞いた。

せっかく大学に入ったのにどうしたんだろうと思った。

弟は、昔から友達が多く、誰とでも仲良くできるタイプだったのに

東京の大学に入ってから、顔の表情が暗くて

良くないので気になっていた。

弟は、特別勉強ができるわけでもなく、普通の成績。

弟の一番のよいところは、友達がたくさんいるということ。

東京の大学では、この部分がうまくいかなかったのかと

弟には聞かなかったが ふららは、勝手にそう感じ取った。

ふらら:「辞めればいいんじゃないの」

     (弟が簡単に大学を辞めるなんて言わないはず。
      色々悩んだ上で答えを出したのだから
      もう少し、頑張れとは言えなかった)

    「何かやりたいことあるの?」

   (何もなさそうだったのだが、聞いてみた)

弟  :「決まってない」

    「仕事かバイトしようと思っている」 


ふらら:「・・・・・」


     「今、仕事探しても、不景気だし、中途半端な時期の
      
      就職活動だから、採用してくれないよ。」

     
今も不景気だが、この年の雇用は、最悪な状況で

変な会社に弟が就職しても困るなぁと思っていた。

弟は、一番最初に入った会社で永久就職しちゃうタイプなので。


ふらら:「ワーキングホリデーに行ってきたら」   

(1、2年したら今よりも景気も少しは良くなるかなと思ったので。)

    そして、海外で旅をすれば、友達もできるし、
    精神的に強くなれるんじゃないかと思ったので提案した。 

弟  :「ワーキングホリデー??」


自分で仕事をするようになって思ったことは、

人によってもちろん違うが

学校は、勉強する場所かもしれないが、友達をたくさん作って

色々な経験をすることが一番大切だなぁと思った。

就職すると、特に弟のようなタイプは、冒険心がないので

仕事一筋で一生を終わってしまうような感じなので

色々な経験をしてもらいたいという、ねえちゃんからの

願いがあった。

決めるのは、本人自身なので、強要はもちろんしない。

ワーホリを提案してみたふららであった。

おとうと(3)

はーい、ふららのダメダメ伝説は、まだあるよ。

ふららの家族は、関西へ戻り、ふららは1人暮らしをしていた。

約一年後、弟は東京の大学に合格して1人暮らしをはじめた。

ふららの住んでいる場所から、1時間以上離れた場所だった。

姉妹じゃないので、同じ東京なのに会ったりするということも

あんまりしなかった。

この時、ふららは社会人、弟は大学生。

仕事のお昼休みに、弟が会いにきてくれた。

たぶん、このときは 電動歯ブラシをもらったけど

使わないからあげるよってことで来てくれた。

一緒にハンバーグを食べて、お互いの状況を話したかな。

会計の時、ふららが払おうとしたら、いいよ俺が払うからって

弟におごってもらった。

(お姉ちゃんらしく、振舞う予定だったのにぃー。)


弟  :「この前、親戚のおじさんからおこづかいもらったんだ。」

    「前にもらったのが余ってるから、おねえちゃんにこれあげるよ。」

ふらら:「いいよ。○○が使いなよ。」

弟  :「いいよ。」

ふらら:「じゃあ、ありがとう」 ←あかんやろぉ

ということで、弟にランチをご馳走してもらい、

1万円をもらってしまった


本当は、ふららがおいしい料理をご馳走して、

おこずかいをあげる予定だったのに。

立場が逆転している。


本当に不思議である。

弟は、なんでこんなにもやさしいんだろうか?

学生で、そんなにもお金もないのに。

文字で書いていると、過去を思い出して、

弟が優しくしてくれたことが色々よみがえってくる。


母親に、その後電話して、弟にごちそうしてもらったことと

おこづかいをもらったことを報告した。

母:  「あの子は、昔からお姉ちゃんにやさしいんだよね。
     基本的にやさしいけど、とくにふららには、やさしい。
     ふららが、いじめてばっかりしてたから、
     お姉ちゃんにいつも譲るというクセがついちゃったんだね(笑)」

ふらら:「ふらら、そんなにいじめてないけどなぁ。」

母:   「あの子は、お姉ちゃんに言うことを今でも絶対に聞くからね。」

ふらら:「そうかなぁー」

ふらら本人は、弟がふららの言うことを

なんでも聞いているとは思っていないんだけど、
  
母親からみるとそのようだ。



おとうと(2)

弟が小学校の5,6年生のころ、ふららは弟とケンカをした。

弟は、ふららに絶対に手をださなかった。

ふららは、おもいっきりバシッと叩いていた。

もちろん、弟は怒っている。(当たり前だよね)

叩いて、自分の部屋に逃げたりしていた。

弟は、ガマンしていたが堪忍袋がきれてしまい

「いいかげんにしろ」とふららは、怒られてしまった。

その後も弟の怒りはおさまらず、弟の部屋の壁に向けられ

「ドッカーンと壁に穴が開いた」

いつもガマンしてたからね。

大きな穴は、お父さんがすぐにホームセンターに行って

修復してくれた。

弟は、とても反省していた。

大きな穴が開いたのに、両親は怒らなかった。

後から、ふららは母親に怒られた。

「○○は、いつも、手を出さないでガマンしてるんだよ。

 かわいそうだから、もう、弟を怒らせるのはやめなさい」

ふららは、その日ぐらいから、弟とケンカをしなくなったかなぁ。

ふららが大人になったのではなく、弟が大人になって

ふららを相手にしなくなったので

たぶんケンカしなくなったんだろうなぁ(笑)

お互い思春期になったが、お互いを嫌いになることなく

特別仲良くなることもなく、普通の兄弟かな。


ふららのダメダメ姉伝説は続く・・・・


今も実家に帰ると、修復した壁の後が残っている。
これを見るたびに、ふららは、反省するのだ。
ごめんねっ弟君



おとうと(1)

ふららには、弟がいる。

弟とは、3学年離れている。

ふららの近所は、同じくらいの年の子供がたくさんいたので

男の子も女の子も一緒に鬼ごっこやボール投げをしたりして

みんなで遊んでいた。

近所は、いつもにぎやかだった。

今は、実家に帰るが子供が外で遊んでいる声は聞こえない。

子供もあまりいなくなったみたい。

ふららは、弟と仲が良かった方だと思う。

ケンカは、したけどね。

弟とキャッチボールをするのだが、上手にグローブに

ボールがもどってこなくて、だんだんイライラしてケンカをする

パターンが多かったかな。

弟は、泣き虫だったので、ふららが守ってあげなくちゃいけないのに

もっと泣かしていたような気がする(笑)

ふらら、悪い子です。


子供の頃の都合の悪い記憶はないので、大人になって母親に聞いた

話しがいくつかある。


弟は、小さい頃とても顔もかわいかったのと挨拶もきちんとするので、

誰からも声をかけられていたようだ。

近所の人や通りすがりのおじちゃん、おばちゃんがお菓子をくれたりする。

そのとき、必ず「お姉ちゃんの分は?」と言ってくれていたようだ。

そのころの、ふららといえば自分の分だけ食べて

弟にはあげなかっただろう。


ホールのケーキなど、包丁で切ったとき大きさが微妙に違う。

そのときに、必ず弟は、「お姉ちゃんから選んでいいよ。」という。

ふららは、当たり前のように一番大きなケーキを食べていた。

今、聞くととても自分がはずかしい。


そう、弟はいつもふららにやさしかった。

続く




ふららのチチ(9)

ふららは、昔から友達はいたが、心から愛する人がいなかった。

学生時代も恋愛することもなかったので、

愛する人を失う気持ちが良くわかってなかった。

パパを亡くして悲しい気持ちは、家族全員が同じ。

でも、恋愛していた相手が急にいなくなるママは

どんな気持ちだったのだろう。

当時のふららはわからなかったけど、今のふららにはわかる。

ママは、子供に弱い部分を見せずずっといた。

ふららと同じ年のいとこのK君がいる。

K君の母親(ふららのパパの姉)が去年なくなった。

K君の父親1人になってしまった。

そのときに、ふららのママがK君とお話ししていた。

「パパが亡くなって、つらすぎて本気で死にたいと思った。

死にたいと思ったけど、子供がいたからやめれた。

それぐらい、K君のお父さんもつらいと思うから支えてあげてね。」

そこまで、ママが追い詰められているとは思わなかった。

その話を最近聞いてびっくりした。

ふららのママは、精神的にも強いので絶対に弱音を吐かないからね。

パパは、家族のためにお仕事をがんばっていてくれた。

でも、ママを置いていったパパは、ダメパパ。

パパは、頭が入院する1週間前会社の近くの病院に行った。

病院には、風邪と診断されてしまった。

仕事が忙しいという理由で、その年の健康診断は受けていなかった。

その当時、今のように健康ブームでもなかったので

お酒はたくさん飲み、タバコも毎日たくさん吸っていた。

見た目も健康そうで、頼りになりそうだった。

仕事は、中間管理職で東京での仕事はとても大変で

ストレスがたくさんたまっていたみたい。

みんなにも大切な相手がいると思う。

大切な人を悲しませないように、体には気をつけてね。

ピヨにもお酒の飲みすぎには気をつけてもらわないとね(笑)



ブログって、すごいかも。
ふらら、ピヨには何でもお話するけど
自分のことは、聞かれない限りしゃべらないからな。
文字にすると、引き出しの奥の記憶がよみがえってくる。
ふららは、過去を振り返る性格じゃないので。
ひとつずつ整理されていく。
自分と向かい合うにはブログっておススメだよ

ふららのチチ(8)

ふららのママは、弟が卒業するまで働く予定でいた。

まだ、高校2年生、大学を卒業するまでは、まだまだ先。

ふららの家族が、関東に住んでいるのはパパの転勤のために来た。

関東には、ふららの親戚は誰もいない。

THE 関西人である(笑)

この土地は、頼る人がいないとてもさみしい場所。

弟が高校を卒業するまでの1年半は、そのまま関東に住むことにした。

ふららは、半年後、短大を卒業し、東京の会社に就職。

ママは、1年半後関西に戻り、関西支社で働いていた。

自分の家に戻り、少しほっとできたみたいだった。

親も仲良しな兄弟も友達も近所の仲間もみんないる。

慣れない関東で慣れない仕事をした1年半は、とても辛かったと

ママが会社を辞めてから聞いた。

ママは、全然弱音をはかないで頑張ってたので、

ふららには、その大変さがわからなかった。

小さな体で、子供の事を守ってくれたママに

今は感謝の気持ちでいっぱいです。

ふららのチチ(7)

ふららのチチが天国に逝ってから、ママは大変だった。

能天気なのふららには、ママの大変さが全然わかってなかった。

いつも、ふららは家族の愛に包まれていたので

同じ年の友達と比べてもアマイというか幼稚だった。

高校生と短大生の子供とおばあちゃんをママは養うことになった。

このことが、どれだけ大変なことかふららと弟はわからなかった。

ママは、結婚してからは近所でパートをすることはあったが

社員で働いたことはなかった。

パパとママは、社内恋愛なのでパパの会社(関西)の

人たちとは知り合いでもあった。

パパは、とてもI上司に気に入られていた(それで、仕事が大変だったみたいだけど)

I上司は、ふららの家族のことを心配してくれてママの仕事を紹介してくれた。

ママは20年ぶりに再び社員として働くことになった。

地方支店で働くことになったが20年のギャップは大変だったみたい。

周りの女子社員は、20歳代の若い子。

話も合わない。

この支店には、知り合いは1人もいない、孤独な環境。

ママは経理に配属された。

ママは、子供達を守るために一生懸命働き、

家事も完璧にし頑張っていた。

ふららは、こんな状況になっても家事を手伝うことはなかった。

一緒に住んでるおばあちゃんも手伝ってなかった(笑)

ママは、1人で頑張っていた。

だから、ふららは何、不自由感じることもなく毎日の生活ができていた。

ママに守られていた。

今、考えると何で手伝ってなかったんだろうと思う。

ふららにとって親は、なんでもできると思ってたからママに頼りきっていた。

ふららのチチ(6)

こんな田舎な場所に遠方からお葬式にたくさんの人が来てくれた。

普通のサラリーマンなのに、1000人以上の方が参列してくれた。

学生だったので、お葬式に行くことは少なかったけど

参列の人数が多かったような気がする。

若い人もたくさん来ていた。

よく、ふららは、みんなに「パパは人徳のある人だね」といわれていた。

イマイチふららにはわからなかった。

ふららにとって、パパは、パパなので他の人と比べたこともなかった。

パパのすごさや、大変さは、自分が仕事をして給料をもらって

1人暮らしをはじめてからじゃないとわからなかった。

パパが天国に逝ってしまっても、ふららには実感がなかった。

すぐに、帰ってくれるような気がしてた。

夜、布団に入ると涙がこぼれて止まらなかった。

ふららのチチ(5)

急いで病院に向かったが

電車はいつもの時間通りにしか出発しない。

車内で涙をこらえても、次から次へ溢れ出てくる。

病院では、ふららが到着するまで先生が1時間30分

パパの命をつなぎとめてくれていた。

ふららが到着して数分後、鼓動が止まった。

体が温かくても、もう天国に逝ってしまった。

パパは46歳。

早すぎるよ・・・・

大声で泣いた。

(何年も過ぎたのに文字にして当時の記憶を引っぱりだしてくるとブログを書きながら今、涙が出てきてしまった。パパのことを思い出して今はもう泣くことはなかったのに)

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